『協う』2007年6月号 生協・協同組合研究の動向


変化する労働者協同組合
―労働者協同組合の研究動向―

中川 雄一郎
協同総合研究所
明治大学

  もう四半世紀以上も前のことになってしまった1980年の第27回ICAモスクワ大会に提出・採択された 『西暦2000年における協同組合』 ( 「レイドロー報告」) に目を通した人はおそらく、 この 「報告」 の―他の章はともかく―第Ⅴ章 「将来の選択」 で主張されている内容の斬新さを記憶に留めているのではないか、 と私は思っている。 ここで主張されている、 協同組合の 「第二優先分野」 は 「生産的労働のための協同組合」 である。 レイドローはこれについて次のように書き始めている。 「過去20年間における世界の協同組合にとっての、 最も重要かつ大きな変化の一つは労働者協同組合に関する全面的な概念の回復であった。 過去75年あるいはそれ以上、 それとなく無視されてきたが、 いまや労働者協同組合は多くの協同組合人の心のなかに尊敬の念をもって迎えられるようになったのである。 そして今世紀の残りの期間、 労働者協同組合に多くの期待が寄せられている。 食糧についで、 新しい社会秩序のために世界の協同組合が貢献し得る最大の独自の分野は、 各種の労働者生産協同組合における雇用の問題であると言われている。」 彼のこの言葉の背景には、 スペイン・バスク地方で著しい成長を見せていたモンドラゴン協同組合の展開やイギリスにおける労働者協同組合運動の高揚、 といった実態があった。
  だが、 他方でレイドローは次のように 「労働者協同組合の難しさ」 を強調することも忘れなかった。 「しかしながら、 労働者協同組合に関するいろいろな概念についての情熱だけでは、 この種の協同組合は決してスムーズに運営され得るものでないことを、 組織者や推進者たろうとする人は十分認識しなければならない。 つまり、 あらゆる種類の協同組合のなかで、 おそらく一番複雑で、 スムーズかつ成功裡に運営することの難しい協同組合である。」 イギリスにおけるかつての労働者協同組合の歴史が―ベアトリス・ウェッブによって批判されたように―このことを示している。
  四半世紀以上も前にレイドローは労働者協同組合の 「難しさ」 を認識しつつ、 「大きな期待」 を労働者協同組合に寄せたのである。 彼は何故に労働者協同組合に 「大きな期待」 を寄せたのであろうか。 一つの明らかなことは、 労働者協同組合が― 「資本が労働を雇う」 のではなく― 「労働が資本を雇う」 という 「新しい社会秩序」 に貢献する 「雇用の創出」 を協同組合運動全体の新たな前進だと考えた、 ということである。 そして現在、 彼の 「期待」 は、 ある程度まで、 協同組合運動の内部において共通の認識になりつつある。 例えば、 イタリアにおける 「社会的協同組合」 の 「雇用の創出」 と 「事業経営」 における実際の力量は―レイドローの言う 「難しさ」 を依然とし抱えながらも―多くの協同組合人の認めるところとなっている。 田中夏子著 『イタリア社会的経済の地域展開』 (日本経済評論社、 2004年) はその実態をわれわれに知らしめてくれる。 また近年、 イギリスにおいては―労働党政府の政策的支援もあり― 「社会的企業」 が注目を集めているが、 これも労働者協同組合に一つの太い根ルートをもっているのである。 少しく言及しておこう。
  2002~06年にかけてイギリスで行なった社会的企業の調査をまとめた拙著 『社会的企業とコミュニティの再生』 (大月書店、 第2版・増補版、 2007年) で触れているように、 イギリスでは1990年代中葉以降から 「社会的企業」 がその顔を少しずつ覗かせるようになるのだが、 そのような展開のプロセスにおいて重要な役割を果たしたのが 「コミュニティ協同組合」 であった。 コミュニティ協同組合は、 従来の伝統的労働者協同組合といわば 「ハイブリッドの関係」 にあったし、 今でもそうである。 コミュニティ協同組合の事業形態は 「労働者協同組合」 であるので、 伝統的労働者協同組合とはその限りで同じであるが、 その受益者は 「コミュニティとその住民」 であって、 「労働者スタッフ」 には基本的に 「利益の分配」 はなされない、 という違いがある。 換言すれば、 コミュニティ協同組合は 「利益の非分配」 が基本原則なのである。 それに対して伝統的労働者協同組合の第1の受益者は、 周知のように、 「組合員労働者」 であって、 コミュニティやその住民は組合員労働者の次に位置づけられている。 コミュニティ協同組合は、 スコットランドからイングランドやウェールズへと広がっていくにつれて、 その力量が次第に評価されるようになり、 90年代中葉以降の 「労働者協同組合運動の波」 を創りだすのに与かって力があった。 そしてこの波が、 一方での公共サービスのアウトソーシング化と他方での失業の増大や貧富の格差の拡大などを生みだす市場経済のグローバル化に対処するために 「雇用の創出」 と 「地域のコミュニティの再生」 を遂行し、 「地域コミュニティの利益」 を実現していくことを本務とする社会的企業の展開を準備することになるのである。
  上記の社会的目的の遂行を本務とする社会的企業または 「財とサービス」 を生産し供給する事業経営体であって、 その限りでは伝統的労働者協同組合と同じような事業組織形態取るのであるが、 労働者スタッフに対しては基本的に 「利益の非分配」 を原則としている。 (要するに、 前者の第一の受益者は 「地域コミュニティ」、 後者の第一の受益者は 「労働者組合員」、 という差異があるが、 理事の選出など民主的経営に関わる労働者スタッフの権利と責任は伝統的労働者協同組合の組合員とほとんど同じである。
  ところで、 社会的企業に分類される事業組織の数は定かではなく、 1万5000から5万5000まで幅広いが、 貿易産業省 (DTI) が発表した05年の調査は次の数値を示している。 すなわち、 ①事業組織数・1万5000 (全企業数の1.2%)、 ②労働者スタッフ数・47万5000人、 ③売上高・180億ポンド (約3兆6000億円―うち148億ポンド<2兆9600億円>は事業取引きによる)。 04年に労働党政府は社会的企業の成長のために 「コミュニティ利益会社法」 (CICs法) を制定し (05年7月施行)、 コミュニティのニーズに根ざした事業 (ソーシャル・ケア、 施設管理、 リサイクリング、 環境改善、 職業訓練・教育、 コミュニティ交通、 ハウジング、 コミュニティ・カフェ、 コミュニティ・ショップ等) の展開を支援している。 07年6月7日現在、 CICs法に準拠して登録されている社会的企業数は993である。
  労働者協同組合を含め協同組合を研究するわれわれには常に 「現実型と理念型の統一」 の在り様が求められ、 われわれはいつもそこで苦悩するのである。 協同組合は、 企業として、 経済的にしっかり生き残ることなしには 「社会的インパクト」 をもち得ないし、 しかし、 だからと言って、 組合員、 労働者、 消費者、 コミュニティとその住民、 社会的・自然的環境それに文化などに対して責任を負わないとしたら、 一体どのような利益を協同組合は有するというのだろうか。 つい最近私が手にした書物The Cooperative Movement:Globalization from Below (by Richard C. Williams, ASHGATE, 2007)に 「まえがき」 を添えたジョージ・チェニィ (ユタ大学教授) は、 モンドラゴン協同組合企業体の事例を考察して、 次のような協同組合の 「構成要素」 を提示した。 この 「構成要素」 は、 われわれを悩ましている 「現実型と理念型の統一」 の在り様への大きな示唆になりそうである。
  ●確かな価値に基づいたコンセンサスを促進すること、
  ●オープンシステムとクローズドシステムを同時に維持すること、
  ●リーダーシップとインスピレーションを探求し、 見つけだすこと、
  ●共通するミッション (社会的使命) を保持すること、
  ●社会的なものと経済的なものの相互依存性を認識すること、
  ●一つのプロセスとして民主主義を制度化すること、
  ●市場に注意を払うこと、
である。 そしてチェニィ教授は最後にこう付け加えている。 「時代は、 われわれが経済と称しているわれわれの生活の領域において民主主義を実現することを望んでいる。」 チェニィ教授の 「構成要素」 をレイドローの 「期待」 に繋げていくために、 われわれはどうすればよいのか、 悩みは続くのである。
  
プロフィール
中川雄一郎 (なかがわ ゆういちろう)
協同総合研究所理事長・明治大学政経学部教授
前日本協同組合学会会長
『社会的企業とコミュニティの再生』 (大月書店)
『キリスト教社会主義と協同組合』 (日本経済評論社)
『生協は21世紀に生き残れるのか』 (大月書店)
その他。