『協う』2007年6月号 Book Review 1


久保 秀樹 著
労働の人間化とディーセント・ワーク
-ILO 「発見」 の旅-

井上 英之
大阪音楽大学 『協う』 編集委員

「ディーセント・ワーク」 「ILO」 という言葉や略語を目や耳にしても、 「わからない」 と言う人は多いし、 まして説明出来る人はめったにいないでしょう。
  さらに、 ILOの提唱したディーセント・ワークが2002年に出された 「協同組合の振興に関する勧告」 のキーワードのひとつであり、 国連総会決議 「協同組合の発展に支援的な環境づくりを目指したガイドライン」 (2001年) による積極的な協同組合の位置づけの一環である、 と理解している協同組合関係者も少ないのは残念なことと言わざるを得ません。
  ところでティーセント・ワークとはどの様なものでしょうか。 中川雄一郎氏は最も厳密に 「利益が保護され、 十分な所得を生みだし、 適切な社会的保護が与えられる生産的な仕事」 で、 しかも 「すべての人たちが所得確保の機会をいつでも出来るようにすべきである、 といった意味での十分な仕事」、 「雇用、 所得それに社会的保護が労働者の権利と社会的基準を損なうことなく達成され得る経済的、 社会的開発への正道」 を含意した概念としています。 またILO駐日代表であった堀内光子氏は 「安心して働ける仕事」 と訳していますし、 他には 「人間らしい仕事」 の訳もありますが、 誰にでも理解出来る定訳がないことから、 「ディーセント・ワーク」 と言わなければならないのでしょう。
 さて本書 『労働の人間化とディーセント・ワーク-ILO発見の旅』 (牛久保秀樹著、 かもがわ出版) は、 弁護士として法廷闘争を経験するなかで 「この国の法律の枠内で仕事をしていて、 働く人の権利を守り前進することになるのだろうか」 との疑問から、 「この国の法律自体を批判し変えていく力をつけたい」 と決意し、 ILOと出会い、 以降13回にわたってさまざまな労組の仲間と国際労働機関であるILOを訪問し、 そこで学びとった成果を 「ILOとの学習・交流の旅」 ドキュメントとしてまとめた著作です。
 そして本の帯には 「国際的労働基準からみた日本人の働き方。 今日のグローバリゼーションのもと、 規制緩和、 民営化、 長時間労働による人間疎外をどう回復し、 健康な生活と家族のあり方をどう築く?!」 と書かれ、 詠みやすく日本の現実が相対化されているばかりでなく、 「ILOとはこんなところか」 という発見も楽しめます。
 とりわけ、 ILOが21世紀の目標としてディーセント・ワークを定め、 4つの戦略目標やパイロットプログラムの策定動向の他、 ILO担当者を質問ぜめにしてアメリカ、 ヨーロッパ特にオランダをどう見ているかを語らせている部分は、 大変興味深いところでしょう。
 私達のくらしと協同の研究所では第3回女性トップセミナー (2000年3月) で、 アマルティアアセンの 「失業および現代ヨーロッパ」 論文を資料として配布・解説をしたことがあります。 この論文こそILOがディーセント・ワークを提唱する契機となった画期的な論文ですし、 また 『協う』 78号 (2003年8月) では既に紹介したILO勧告、 国連決議を本格的に紹介・分析した 『ILO・国連の協同組合政策と日本』 (日本協同組合学会、 日本経済評論社) を書評で取り上げていますが、 かならずしも充分ではないと私は反省しました。
本書にはILOの紹介で協同組合に関するものは欠落しています。
 例えば初期のILOとICAには深い関係があり、 フォーケの 「協同組合セクター論」が 生みだされ、 ILO内部には最初から現在に至るまで協同組合部門が存在することなどです。 この点は残念ですが、 著者にそれを求めるのは無理な注文と言えるでしょう。
 現在、 労働関連3法案 (労働基準法改定案、 労働契約法案、 最低賃金法改定案) が国会審議中であること、 ワーキングプアの増大という今日的課題に直面していること、 そして今秋にはILO・ユネスコの調査団が日本の教員の地位をめぐって日本に派遣されること、 こうした状況下でILOと 「ディーセント・ワーク」 を考えるためにも、 本書をおすすめいたします。
 なお、 本書と併読して国連やILOが協同組合に期待を寄せる背景をわかりやすく解説した論文も紹介しておきたいと思います。 堀内光子氏(現文京学院大学)の 「ILOの協同組合促進についての勧告 女性のエンパワーメントと協同組合」 (『社会運動』2007年5月号)は、 女性を中心としたインフォーマルグループの協同組合化の可能性を具体的に展開している好論文です。

※第3回女性トップセミナーの資料ともども入手希望の方はご連絡下さい。